認知症研究者の佐野俊春さん(@tsano321)に、アルツハイマー型認知症のAβ仮説の歴史と論拠、最近の基礎研究・臨床試験の動向、今後の展望について教えていただきました(9/3収録)
Show Notes:
- 佐野さん
- タンパク質構造疾患研究チーム
- 岩坪研
- PhD時代の仕事(の一部)
- 博士論文の要旨
- 上田研
- 薬学部の方にあった岩坪研(機能病態教室)現在は富田先生主宰
- 茂木健一郎
- プロフェッショナル 仕事の流儀
- 現代生物学の独創と創造、シラバス
- 堀越先生業績集
- MD研究者育成プログラム
- 清水先生
- PhD-MDコース
- 北沢さん
- のNR出演回 Part 1 Part2 その続編
- メディカルスクールで学ぶ – アメリカの医学教育課程
- 吉川研
- 廣川先生
- 鞭毛の内部構造をクライオ電顕で見る:例えばこれ
- 中川ラボHP
- Science単著論文
- CDB
- 日立総合病院
- 東大病院
- 医局に入る、とは
- 横浜でやってた神経科学会
- 神経変性疾患のプリオン様伝播仮説
- クロイツフェルト・ヤコブ病
- プリオンの消毒滅菌法
- 針刺し事故で亡くなる
- クールー病
- パーキンソン病で胎児の神経を移植してもαシヌクレインが蓄積する
- Are synucleinopathies prion-like disorders?
- In vitroで作成したαシヌクレイン凝集体が培養細胞内のαシヌクレイン凝集を引き起こす その1 その2
- In vitroで作成したtau線維が培養細胞内のtau凝集を引き起こす
- 無細胞系でのプリオン凝集を診断に使う(脳脊髄液中の凝集タンパクを検出) プリオン の場合
- αシヌクレインやタウも含めた総説
- アミロイド βの異常形態がヒト間で伝播する、レビュー
- 成長ホルモン製剤がAβ沈着を誘発 その1 その2
- (補足)ヒト下垂体由来の製剤が使われていたのは1980年代までで、現在の成長ホルモン製剤はリコンビナントタンパクが使われています。
- 硬膜移植がAβ沈着を誘発 その1 その2
- (補足)ヒト硬膜の医療用途での使用は日本では1997年に禁止され、現在は人工硬膜が使用されています。
- チーターの糞口感染(アミロイドーシス)
- (補足)一言でプリオン様伝播とまとめてしまっていますが、分子間での構造の伝播、細胞間でのシードの伝播、個体間でのシードの伝播の3つのレベルがあります。今回は細胞間伝播にはほとんど触れませんでしたが、神経変性疾患の病理は疾患進行に伴って脳内を進展するという現象もプリオン様伝播仮説の根拠となっています。また、シードとなるものを動物に注入することで動物の脳内に凝集体が広がることも複数のタンパクで確かめられており、実際の疾患で起こっているかは別として、伝播現象自体は確からしいと思います。
- Lewy小体型認知症(DLB)について(PDF)
- (補足)パーキンソン病(PD)とDLBは蓄積するαシヌクレイン線維の立体構造が同一であるという論文が収録後に出ました。病理組織学的所見も同一なので、この2つは1つの疾患スペクトラムと考えられていて、異なる疾患という表現は不適切だったかもしれません。αシヌクレインが蓄積する他の疾患として多系統萎縮症(MSA)という疾患があり、 こちらは病理所見や線維構造がPDやDLBとは異なるそうなので、同一蓄積タンパクの異なる疾患と言えます。
- ALSとFTLDにおけるTDP-43の蓄積
- 前頭側頭葉変性症(FTLD)について(PDF)
- (補足)ALSとFTLDの類似性としては、ALSの蓄積タンパクであるTDP-43がFTLD-TDPでも蓄積するという以外に、家族性ALSの原因遺伝子であるFUSの遺伝子産物がFTLD-FUSで蓄積することや、C9orf72という共通の原因遺伝子の存在などがあり、この2つの疾患も1つの疾患スペクトラムと考えられているそうです。ですので、こちらも完全に異なる疾患というよりは、PDとDLBの関係に似ている気がします。違う疾患だと思っていたものが1つの疾患スペクトラムとして捉えられる面白さ、という方が適切な表現かもしれません。
- 糖尿病はアルツハイマー病のリスクファクター 例えばこれ
- ↑について、有名なsystematic review
- 生活習慣病と認知症のレビュー by 佐野さん
- (補足)1型糖尿病でもアルツハイマー病リスクが上がるという報告があります。
- 1型糖尿病で成人期に一部の認知機能に障害が起きるという研究 、起きないという研究 どちらもあります。
- 線虫でインスリンシグナルを抑えると寿命延長
- マウスの場合
- インスリンシグナルの抑制でアルツハイマー病理が出にくくなる その1 その2
- (補足)神経細胞特異的にIgf1rをKOしてAβ病理を抑制した論文もあります。余談ですが、脳特異的なIrs2のKOだけでも寿命が伸びることが報告されています。
- (補足)脳のグルコーストランスポーター(GLUT)であるGLUT1とGLUT3はインスリン非依存的にグルコースを取り込むそうです。GLUT1はインスリン感受性もあるみたいなので、「インスリンを受け取っても糖の取り込みが増えない」という発言は誤りでした。
- (訂正)hAPPの過剰発現とIrs2のKOなので、三重改変ではなく二重改変になります。 PSENも入ってると誤解しました笑(宮脇)
- アルツハイマー病のモデルマウスに関するレビュー
- アルツハイマー病のモデルマウスに関する日本語総説
- デフォルトモードネットワークとアルツハイマー病
- デフォルトモードネットワークの脳領域とADにおけるアミロイド沈着部位が一致
- シナプス活動・神経活動により細胞外のAβ濃度が上昇する その1 その2
- 光遺伝学による慢性的な神経活動の亢進がAβ沈着を増強する
- Arcの近くにたまる
- 田中先生業績集
- 酵母のプリオンのお仕事 たとえばこれ
- クライオ電顕によるAD脳由来タウ線維の構造解析
- クライオ電顕によるAD脳由来Aβ線維の構造解析
- タウオパチーによって症状、病理、病変分布が異なる(総説)
- 構造に基づいたタウオパチーの分類に関する総説
- Aβの治験が上手くいかない:Aβを標的とする抗体医薬の治験失敗が続く中で2018年に出たコメンタリー
- 抗Aβ抗体医薬が効かない原因の考察を含むSelkoe達によるAβ仮説レビュー
- Aβ*56捏造疑惑に関する記事
- Aβ*56元論文
- Aβ*56捏造疑惑が出た時のAlzforumの反応
- Aβオリゴマーが神経細胞毒性を有する
- Aβオリゴマーの脳室内投与によりラットの海馬のLTPが阻害される
- 一番最初のトランスジェニックマウスは捏造
- 富田先生によるアルツハイマー病の歴史の表
- アルツハイマー病の最初の症例報告
- 1984年 アルツハイマー病患者の脳内の血管壁に沈着したAmyloid βを単離
- 老人斑の主要構成成分はAmyloid β
- 1987年 APPのクローニング
- 1986タウの報告(井原など複数グループ:1 2 3)
- 1991 家族性ADの原因遺伝子としてのAPP その1 その2 その3
- John Hardy
- Dennis Selkoe
- 1995 プレセニリン(PSEN1/2)が 原因遺伝子という報告 その1 その2 その3
- Aβ42はAβ40よりもアミロイド形成能が高い
- APPの生理的機能(総説)
- APPの神経保護作用
- APPは軸索輸送を担う
- プレセニリンはノッチを切断 その1 その2 その3
- 1992にamyloid cascade hypothesisというタイトルのperspectiveがscienceに
- アミロイドーシス色々
- (補足)アミロイドの定義が少し雑でした。タンパク質やペプチドの線維状の凝集体という重要な前提が抜けていました。「クロスβ構造を持つ線維状のタンパク質凝集体」というのが適切な表現かもしれません。
- 2012年のプロテクティブ変異(アイスラインド変異)の論文
- deCODE genetics
- deCODE geneticsを作ったKari Stefansson
- 2025年には65歳以上の高齢者の約5人に1人が認知症患者であるという推計(日本)
- コロンビアで見つかった、アルツハイマー病になりにくいAPOEの変異(Aβは高度に蓄積しているが、タウ蓄積が抑制され認知機能が保たれている)
- 1995年に初めてちゃんとしたトランスジェニックマウスが作られる
- セルコーがつくったAthena Neurosciences社(現在HPは無い…?上記リンクに痕跡あり)
- 1998にはタウの家族性変異がみつかる(FTDP-17)
- Dale Schenk追悼記事
- Dale Schenkがワクチン療法を考え、合成ヒトAβ42をマウスに注射
- AN-1792ワクチンの臨床試験、髄膜脳炎、すぐ中止
- 買われた会社(Elan社)の会計不正・インサイダー取引
- Aβワクチン(AN1792)によりAβ沈着は抑制されたが、認知機能には影響がなかった
- Aβをターゲットにした臨床試験のまとめ
- (補足)γセクレターゼ阻害剤だけでなく、βセクレターゼ阻害剤も認知機能がかえって悪化する試験が多いみたいです。
- APOEε4キャリアへのbapineuzumabのPhase3試験ではアミロイドPETで有意差があったが、認知機能に有意な差はなかった
- 軽度ADに限ればsolanezumabは認知機能低下を抑制(訂正:複数の試験ではなく、この研究しかありませんでした)
- aducanumab論文(Phase1b)
- 認知機能正常な高齢者や認知機能低下が緩やかな高齢者由来のB細胞ライブラリーを用いて開発(Reverse Translational Medicine)
- 2019年の中間解析で中止になったが、中間解析の後に入ってきたデータを含めて再解析すると、2つの試験のうち1つで効果が出ていた(効果としてはかなり小さい)
- aducanumabの臨床試験の経緯および成功要因
- アミロイドPET色々
- Phase3が進行中のエーザイの別のAβ抗体(lecanemab)(収録後に試験結果が発表され、承認申請予定とのこと)
- (補足)認知機能検査の難しさについて。認知機能検査の結果は、被験者側の状態(検査実施時の気分や意欲)や検査の実施環境(検者の熟練度・個人差、環境)のばらつき等によってブレてしまうという課題があります。Phase3では多施設共同研究になるので、検査結果のブレを抑えるためには、施設内だけでなく施設間の品質管理(手順や採点の統一性)も必要となります。「第3相で数が増えると結果がブレやすくなって」と統計学的にはおかしなことを言いましたが、発言の意図としてはこういうことでした。また、近年のADの臨床試験では認知機能が軽微な被験者を対象にしているため、経時変化量も小さいという課題も出てきています。
- 認知機能検査の一種、MMSE(Mini-Mental State Examination)
- (補足・訂正)近年のADの臨床試験では主要評価項目としてCDR-SBが用いられることが多く、CDR-SBでは専門家による認知機能評価だけでなく、情報提供者へのインタビューに基づいて日常生活における全般機能評価も含まれるため、適切な情報提供者の存在というのも重要なポイントになります。
- (補足)エーザイのdonepezil(コリンエステラーゼ阻害剤)の投与期間は半年、aducanumabの投与期間は1年半。
- 家族性ADでは発症の15年前にはアミロイドPETでAβが検出される
- ADの有病率の加齢依存的上昇と剖検でのAβ斑陽性率の加齢依存的上昇には約10年の開きがある
- アミロイドPETでAβ蓄積のある認知機能正常高齢者にsolanezmabを投与(A4 study)
- アミロイドPETでAβ蓄積のある認知機能正常高齢者にlecanemabを投与し、認知機能を評価(A45 study)& Aβ蓄積のない認知機能正常高齢者にlecanemabを投与し、Aβ蓄積を評価(A3 study)
- (補足)このように、他の疾患とは違い、ADの臨床試験では無症状の被験者を集める必要があるので、治験が効率的に進むように、岩坪先生はJ-TRCというプロジェクトを立ち上げて、対象となり得る無症候者と継続的に接点を持てるようなシステム作りをしています。
- 血液バイオマーカーによる早期発見の研究、レビュー
- 質量分析を用いて血液サンプルから脳内におけるAβ蓄積を検出
- 網膜のハイパースペクトルイメージングで脳内Aβ蓄積を検出する
- アミロイド陽性者では「学習効果」が喪失する
- その他のAβ抗体としては、Eli LillyのdonanemabがPhase3進行中
- 高齢者の海馬におけるBBBの破綻
- アルツハイマー患者におけるBBBの破綻
- 引き抜き仮説(sink hypothesis)
- アルツハイマー病モデルマーモセット(PSEN1家族性変異の)
- 西道先生
- (補足)マーモセットでAβ沈着が7〜10歳で出現するのは加齢に伴う自然経過での話なので、PSEN1遺伝子改変マーモセットではもっと早期にAβ沈着が見られると考えられます。
- APPとPSEN1のダブルトランスジェニックマウスの例
- 西道先生が作ったAppノックインマウス
- イヌやサル(アカゲザル、リスザル、オランウータン)では老人斑が観察されるが、神経原線維変化は形成されない
- カニクイザルでも老人斑が形成される一方、タウ病変は限局的で、神経原線維変化は非常に少ない(PSPやCDBに近いタウ病理)
- ネコではAβは顆粒状に沈着し、老人斑は形成されないが、神経原線維変化が形成され、神経細胞脱落が起こる
- (補足)各動物のタウとヒトのタウとのアミノ酸配列相同性はチンパンジーは100%、イヌは92%、ネコは93%だそうです。マウスはヒトで発現する6つのタウアイソフォームのうち3つしか発現しません。
- ヒト神経細胞をADモデルマウスに移植
- オルガノイドをマウス脳に入れる
- 家族性AD変異を入れたヒト神経前駆細胞の三次元培養
- 40 Hzの刺激を入れるとAβ減る?(GENUS)その1 その2
- Aβをターゲットにしたワクチンが現在も開発進行中:UB-311 、ABvac 40 、ACI-24
- Li-Huei Tsai
- 光酸素化触媒@東大薬学 その1 その2
- 石浦先生
- アミロイドβペプチドをコードする遺伝子を含有したイネ
- Deisseroth
- Denis Jabaudon
- Deisserothの解離論文
- 水島ラボHP
- 孤発性ADはクリアランス障害
- Glymphatic System論文
- 神経原線維変化はアルツハイマー病の重症度と相関するが、老人斑は相関しない その1 その2
- PETを用いた縦断研究においてAβ蓄積はその後のタウ蓄積と相関し、タウ蓄積はその後の認知機能低下と相関する
- 「Jack のカーブ」と呼ばれるバイオマーカーの変化の時系列を示す図
- 1993 APOEε4が家族性ADのリスク因子 および孤発性ADのリスク因子 として発見(訂正:最初は家族性ADのリスク因子として発見されたそうです)
- 老人斑やNFTに共局在
- 高脂血症のモデルとして使われているのはApoE2でした汗
- TREM2関与の発見 その1 その2
- ミクログリアがないと老人斑ができない?
- 単純ヘルペスウイルスがADに関与?
- 歯周病菌が関与? その1 その2
- アセチルコリン仮説、レビュー
- エーザイが作ったコリンエステラーゼ阻害剤:ドネペジル(アリセプト)
- (補足)現在日本で承認されているコリンエステラーゼ阻害剤は3つありますが、それぞれに特徴があります。
- ドネペジルは、末梢神経での作用が低く、中枢神経への特異性が高いです。 その理由としては、脳内への移行性の高さと、コリンエステラーゼの選択性の2つがあるそうです。脳のコリンエステラーゼの多くはアセチルコリンエステラーゼ(AchE)ですが、末梢のコリンエステラーゼはブチリルコリンエステラーゼ(BuChE)で、ドネペジルはAchEに高い選択性を持ちます。ドネペジルの開発について総説(by開発者, PDF)
- ガランタミンはAchE阻害作用だけでなく、ニコチン性Ach受容体のアロステリック増強作用もあります。
- リバスチグミンはAchEだけでなくBuChEの阻害作用も持ちます。海馬ではBuChEが多く、AD患者ではAchE活性が低下するため相対的にBuChE活性が増加するとの報告もあるため、BuChE阻害作用も症状改善効果をもたらすと考えられています。BuChE阻害作用も持つため末梢での副作用が出やすくなってしまうのですが、経口薬ではなく貼付薬にすることで血中濃度の急激な上昇を抑えることができ、副作用を減らすことに成功しています(日本国内では貼付薬のみ承認)。
- NMDA受容体アンタゴニスト(メマンチン、メマリー)
- グルタミン酸仮説
- 参考文献1「アルツハイマー病は治せる、予防できる」
- 参考文献2「アルツハイマー征服」
Editorial Notes:
- 治験が失敗続きなのにいまだにアミロイドβ仮説が信じられている理由、アミロイドβ仮説の背景、アルツハイマー病の研究対象としての面白さなどを伝えられたら嬉しいです。 と思っていましたが、まさか収録後にレカネマブの主要評価項目達成という大事件が起きたのは予想外でした。このニュースでアミロイドβ仮説に対する世間の風向きも変わったかも?(佐野)
- 「僕は病気に関しては無知なので」と口走ってしまっていますが、当然進行を考えた上でのポーズです(ので「お前MD持ちだろ」とかつっこまないように!)。(萩)
- 一口にアミロイドβ仮説と言っても色々なものがあるということ、それに至るまでの歴史や登場人物が学べて非常に面白かったです。佐野さんありがとうございます!(脇)